2010年05月09日

軍に関するメモ(twitterより)

以下のリンク先は、2010年3月19日に、本館『自由帳で数学とか物理とか』にアップされたものです。



少なくとも、ドンパチやるのは性に合わんのです←戦記モノ書きの発言としてどうかというレベルかもしれない



まぁ、だから「ハイリスクローリターンの手段」なんですけどね。安易に使うとかバカでしかないという^^; >使いづらいことこの上なしだし



個人的に理想は米軍(ry あの補給体制は素直にすげぇと思ってしまうというか^^;



まぁ、軍隊ってのはどこまでも「鞘の中」であるのが理想で、実際に使用した時点で失敗に他ならないですしね……。というか、戦争なんてコストパフォーマンスどんだけ悪いと思ってんだろう、彼ら>何でもかんでも戦争って言ってらっしゃる方々



つーか、今日日徴兵制とか流行らないだろうjk……軍事的に考えて



つーか、自民党は現代戦で、徴兵で集められた案山子がなんの役に立つと思ってるんだ。邪魔なだけだろうjk



兵役義務が今日馬鹿にされる理由→ 1.現代戦では素人は邪魔 2.現代戦を戦えるように育成するには金も時間もかかる。数がいるとコストが馬鹿にならない 3.徴兵期間の国家に与える労働力の低下が、兵員増のメリットが消滅してる時点で大幅なマイナス



あと、徴兵制で若者の精神を鍛え云々いってる奴らに言いたいんだけど、「自衛隊は保育所じゃねーんだぞ」と。ただでさえ予算ないのに子供の世話まで押し付けるなと。軍ってものにどんな幻想抱いてるんだ、ああいう手合いは



まぁ、一応日本で徴兵制が必要になるだろう状況は、現状考えうる限り以下くらいです。1.日本で内戦勃発。ろくな武器も与えられないままの戦闘が続くとき 2.地球外生命体の攻撃を受けたとき



個人的には、歴代プロイセン君主で一番評価してるのが兵隊王フリードリヒ・ヴィルヘルム1世。あれ、実は優秀な内政家でもあったわけで。先代の莫大な借金返した上に殖産興業に成功し、さらに欧州でも上位に位置する強力な軍を息子に残すとかね。オマケに軍隊大好きだから戦争なんて起こさないしwww



「戦争? とんでもない! 大事な我が軍が傷ついてしまいじゃないか!」とかマジで言いそうだからなぁ……>フリードリヒ・ヴィルヘルム1世。実際お気に入りのポツダム巨人軍は1回も戦場立たなかったし。まぁ、「軍オタといえば反戦」というのは、あの頃からの伝統といえばそれまでだけど



まぁ、実際軍事を学べば学ぶほど、戦争ってのがいかに馬鹿らしくて非効率的なものかわかるしなぁ。しかも近代戦ともなれば、英雄要素が消えちゃってるわけだし。「戦争を知れば知るほど反戦に傾く」ってのは、確かに道理だということ。



「軍隊を無くせば万事解決。戦争も起こらない」なんて主張を見るたびに、「戦争を起こしてやれ」という主張を見たのと同等の嫌悪感を感じる。ああいう主張をする奴は、有史以来戦争のために犠牲になった人全てを冒涜しているからだ。そんな簡単なことで戦争なんかなくなったら誰も苦労しないっつーの。



私が一部の脳内お花畑な連中に嫌な感情を持ってるのは、平和を実現するためには戦争について深く知らねばならないのに、それを学ぶ機会を他者からも奪おうとするからなんだよなぁ……。軍隊を無くせば戦争はなくなります!とか、そんな誰でもわかること声を大にして言うとかバカもいいところだし



誰だって戦争なんて非効率的で馬鹿らしいことやりたくないんだよ。特に戦争で死ぬ可能性のある軍人(特に兵卒クラス)はね。ただ、それでも戦争は起こり続けてる。プロメテウスから火を受け取った瞬間から、人という総体が常に孕む業と言う他ない、戦争という悲劇はね。



軍備を世界中から無くせば戦争はなくなる。確かにそれは正しい。けど、「軍備」ってのは何も正規軍が持つ兵器だけじゃない。その辺の棒切れも棍棒になるし、はさみだろうが武器になるんだから無くさなきゃならない。軍備を無くせば戦争はなくなるとは、人間に文明を無くせといっているのと同義だからだ



積極的に暴力を振るう者には、それを押さえつける暴力機関以外にその暴力を防ぐ手段は存在しない。これはどのような綺麗事や理想論をもってしても変えることの出来ない事実だ。だから自衛権を行使するために軍は存在する。戦争を無くすとは、この暴力機関といかに上手く付き合うかという問題でしかない



軍事は政治の延長とはクラウゼヴィッツの論だが、それは「べき」論でしかない。事実、軍事が自己目的化して暴走した例、政治が政治たるべきことを放棄して軍事に丸投げしたことは数多い。だが軍を無くすことは文明の放棄に他ならない。よって市民は不断の努力でこの暴力機関を御するか考える必要がある



まぁ、なんというかね、いかにこの軍という暴力機関と上手く付き合うかって話してるところに、「軍なんか無くせばいいんだ!」とか殴りこんでこられたときの、あの苛立ちはどう形容していいのかね。馬鹿は帰って布団に潜り込んで文明という暴力装置にガタガタ震えてればいいよとでも言えばいいわけか?



軍は人類が最後に頼ることが出来る暴力機関だ。よってその使用には細心の注意が必要になるし、安易にこれを使うことは身の破滅をもたらす。「好戦的な愛国者」が嫌われるのは、安易に戦争だと叫んで、郷里を亡国の縁へと押しやるから。彼らがいくら愛国心を叫ぼうとも、こっちからしたら亡国への角笛だ



私が憲法9条を改正して、日本国として正規軍の保持を明記すべきと言っているのは、自衛隊の存在が憲法上で完全に浮いてしまっているから。自衛隊を国軍として認めることは、逆に自衛隊の暴走を防ぐ役割もあるというのに、一部の頭の固い反軍原理主義者は壊れたレコードのように9条堅持ばかり言う



憲法上、自衛隊は違憲ではない。但しかなり無理な解釈の下で。そのため集団的自衛権すら保持こそすれ行使できない。しかし集団的自衛権は行使せねばならない状況は当然出てくる。よって、超法規的措置を取らざるを得ない。こうして、憲法によって自衛隊は暴走せざるを得ない。



暴力装置たる軍は、文民政府による正しい監視と管理の下に置かれなければならないのに、現行憲法では自衛隊はその職務を全うするために超法規的措置を取らなければならない。つまり、自衛隊の暴走があり得るのだ。私は、暴力装置たる軍の存在を認めることで、軍を政府の統制下に正しく置きたいと考える



「普通の国にするために軍を保持する」なんてことを言う人もいるが、こちらからすると論外だ。私は暴力装置を政府の統制下に置くために軍の保持を明記したいだけだ。戦争なんか誰もやりたくない。戦争を起こさないために軍を保持するのであって、戦争ができるようにするために軍を保持するのではない



個人的に一部の軍国主義者には辟易している。彼らは9条改正を叫ぶのはいいが、戦争を起こさないために改正するのではなく、戦争をすることができるように改正を叫ぶ。逆だとしか言えない。戦争に備えるとは、何も武器をしこたま溜め込むことではないのだ。



核武装論者など、私からすれば完全に気が狂ってるとしか思えない。通常兵器もままならない、コピー代も自腹の組織に核兵器の運用まで押し付けるとか、正気の沙汰ではないからだ。現在日本における核武装とは、「悪魔の兵器」のような感情論を抜きにしても論外の選択肢だ。



プロメテウスが火を人間に授けるまでもなく、人間はその内に暴力性を持つ。戦争を無くすとは、暴力性から目を瞑ることではなく、いかにこの暴力性を宥め、賺し、手懐けるかということだ。夢想家がいかに目を閉じ耳を塞ごうとも、人間の持つ暴力は人間に牙を向けるときがあるのだ。



少なくとも、アジア太平洋戦争時の日本軍が好きかと聞かれたら、あんな構造的欠陥だらけの組織の何がいいんだと聞き返すほど呆れてるというのは事実(好き嫌いは違う気がする)。つーか現地軍が勝手に戦争始める軍なんて、民主国家としてあるまじき事態。調べてるだけで開いた口が塞がらなくなるレベル



仮に、アジア解放だのいうご立派な思想を国家で共有し、そのためにアジア太平洋戦争を始めたとしても、そんなくだらないことのために国民引き連れて自爆したのかって返す。そんなことならまだ自存自衛のためって名目で自棄になって「ジリ貧よりドカ貧」を選んだって方がまだ納得できるよ



にしても、どうして私みたいな人間が、一部の9条教信者からとはいえ軍国主義者扱いうけるのかね。反戦と軍備の充実は並立するし、憲法9条改正と反戦平和も並立するってのに。



まぁ、私の憲法9条改正のスタンツは、「戦争放棄の維持」と「国軍の保持の明記」だからなぁ。自衛隊が超法規的措置を取らざるを得ない現状を、軍として認めることと諸法律を改正することで改善し、自衛隊を軍として文民政府の統制下に置きたいだけだし



私から見ると、現行の日本国憲法は「平和憲法」でも「戦争放棄」も謳ってはいない。むしろ、追い詰められたときに自衛隊が暴走するように仕向けているようにしか見えないくらい。軍を容認してその周辺の法整備をするということこそ、戦争放棄であり平和主義なんだ。



現行憲法では、いざというとき自衛隊は暴走せざるを得ない。かといって、「自衛隊の存在を無くす」ことはできない。それは自衛権の放棄でしかなく、日本のような大規模な国家、しかも海洋貿易国では絶対に不可能だ。



どうも、私は軍というものを全く信用していないらしい。じゃないと軍を憲法で明記して囲い、法律で首輪作って躾けろ、とかいう発想には至らないから。



力には力でしか対抗できないが、力のみでは人間は容易に悪魔となりうるので暴力となる可能性がある。よって理性でそれを押さえつけ飼いならさなければならない。だが理性だけでは暴力には勝てない。理性を伴った力が必要。だからきちんと管理・統制された軍が必要になる。理性か暴力片方では意味がない

posted by 久間知毅 at 14:24| メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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