2010年05月09日

権力に関するメモ(twitterより)

以下のリンク先は、2010年3月19日に、本館『自由帳で数学とか物理とか』にアップされたものです。


二人人間がいるとしよう。そこに強者弱者の関係が出来たその時点で、権力は発生する。社会・政治・権力は確かに不可分のものだ。そしてこの権力は非常に甘美で、容易に人は溺れる。しかし、権力は利用するものであっても、権力に利用されてはいけない。権力に溺れたそのとき、人は簡単に悪魔になる



人間が常に理性的であるならば、制限戦争ですら起きることはないかもしれない。しかし、人間は容易に理性を手放す。理性から解き放たれた力は暴力となり、理性が外れた権力は悪魔を召喚する。理性的であらねばならないことを承知していても、いつ誰がそのタガを外すかもわからない。



何か問題が発生したとしよう。それも、個人または集団が、特定個人への力(暴力とは限らない)の行使を伴ったりなど。これは、個人または集団が腐ったミカンだから起こったのだろうか、その集団が属する組織そのものが、腐ったハコだったのではなかろうか。慎重に見極める必要がある



人間は権力に溺れたとき容易に悪魔となりうる。悪魔となってしまうと自分が相手に対して「何をやっているのか」の判断が難しくなる。悪魔とならぬように権力を飼いならし使いこなすだけの強い理性がない限り、逃れることは難しいし、そんな理性を持った人間はごくわずか。よって、枠組みの改造が必要



なんにしても、人間が存在する限り絶対になくせないもの(権力・暴力など)とは、上手く付き合って暴走しないように理性を持って監視するほかない。しかも「暴走」のボーダーは外部にあるのではなく個々人の内部に存在する。結局一人ひとりが賢くならなきゃいけないという、面白みも何もない結論になる
posted by 久間知毅 at 14:16| メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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