2010年05月09日

議論において無関係な主張を押し通そうとすることについて(2010年2月)

以下のリンク先は、2010年2月25日に、本館『自由帳で数学とか物理とか』にアップされたものです。



ある主張をするとか、何かの場で自分の意見を広めるとかいう場合、気をつけたほうがいいことを少しばかり書きたいと思います。

さて、唐突ですがこういう状況を考えましょう。

ある場面で、「鯨は魚である」と主張する人がいたとします。それに対して、「鯨は哺乳類だ」と反論している状況を考えてください。

このとき必要なのは、鯨が哺乳類であるという客観的主張や、相手の意見が間違いであることを指摘することです。

――ですが、そういう場でこういう意見を、しかも声を大きく主張されたらどうなるでしょうか。

「捕鯨は世界中で禁止されている。魚は獲ってもいい。つまり鯨は魚じゃないんだ。鯨さんかわいそう! 捕鯨反対! 鯨を殺そうとする奴は(ry」(以下、捕鯨反対論をひたすら叫ぶ)

我ながらちょっとこじつけ感のあるたとえですが^^;
さておき、「鯨は魚類ではない」と言っている最中に、こういう主張が後ろから飛んできたらどうでしょうか。

まぁ、無意味どころか邪魔ですよね。
確かに、捕鯨そのものの是非は別に問われることでしょう。ですがそれはこの場で言うことではありません。
鯨が哺乳類だといいたいだけの場で、延々と捕鯨反対論を後ろで喚かれるんです。無関係にもほどがある。
捕鯨に反対したいなら捕鯨に関する議論のときや、捕鯨に関するデモのときにやればいいことで、鯨が哺乳類であるという議論でやることではない。レイヤが全く違います。

そこで、「捕鯨はこの議論には無関係だから引っ込めて」とお願いしたとします。
しかし、「鯨が可哀相であるということが重要なことであって、鯨が可哀相だから哺乳類なのだ」と返されたら、もうどうしていいかわかりませんし、議論を見ている周りにどう映るか、言った結果がどうなるかは、あまり考えたくないものです……。

……と、かなり極端に書いたわけですが、実際にこれに近いことはあるにはあります。

あくまでフィクションだとわかる書き方をしているので、笑い話ですむかもしれませんが、私は結構こういうことを見てきました。右翼だ左翼だという括りなど関係なく、それこそいろんなところで。

これは、何が問題でしょう。

そうです。故意過失問わず、自分の中の主張を、無関係な活動に雑音として乗せてしまっていることが問題です。
これでは、わざと議論を混乱させようとして「鯨は魚である」側の人がわざとやってんじゃないかとすら思えてくる始末。

よって、今、何が目的かを把握し、明らかに逸脱することは自重することを考える必要があるわけです。

どうしてこういうことが起こるのか、という点に少し触れるのは、次の回にします。今回は「自分個人の主張を、関係ない場に無理やり持ち込もうとするな」という点のみ書かせていただきました。



※私個人としては捕鯨賛成ですが。
posted by 久間知毅 at 14:04| 政治運動一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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